2024/03/30
八正道について(編集中)
ロゴは太陽から八方へ伸び広がる三本の閃光、二十四節気と花をコンセプトにしています。
合わせて、仏教における八正道をベースにした理念を含んでいます。
この記事では仏教の八正道について、随時まとめていこうと思います。
八正道
https://true-buddhism.com/practice/eightfoldpath/
はっしょうどう[s:āryāṣṭāṅga-mārga]
八つの支分からなる聖なる道の意。
苦くの滅めつに導く八つの正しい実践徳目。
<八聖道はっしょうどう><八支正道はっししょうどう>ともいう。
1)正見しょうけん(正しい見解)、
2)正思しょうし(正しい思惟しゆい)、
3)正語しょうご(正しい言葉)、
4)正業しょうごう(正しい行い)、
5)正命しょうみょう(正しい生活)、
6)正精進しょうしょうじん(正しい努力)、
7)正念しょうねん(正しい思念)、
8)正定しょうじょう(正しい精神統一)の八つをいう。
釈迦しゃかの最初の説法(初転法輪しょてんぼうりん)において説かれたと伝えられる。
四諦したいの教えにおいては<道諦>の内容を構成する。
また、苦楽の二辺(いたずらな苦行くぎょうと欲楽にふけるという二つの極端)を離れた中道ちゅうどうの具体的実践方法としても説かれる。
八正道は、四諦と合わせて、四諦八正道と言われることもあり、
四諦のうち「道諦」にあたる教えです。
正見とは?
1番目の「正見しょうけん」とは、正しく見ると書くように、ありのままに見ることです。
私たちは、人をねたんだり、恨んだりしますが、因果いんがの道理を信じ、自分のたねまきをあきらかに見なければなりません。
そして、私たちは考え方が逆立ちしているために、自分の命や幸せはずっと続くように思っていますが、諸行無常しょぎょうむじょうですから、続きません。
このように、仏教の教えにしたがって、ありのままに見ることです。
蓮如上人と一休さんの逸話を通して正見について学びましょう。
正見とは?
1番目の「正見しょうけん」とは、正しく見ると書くように、ありのままに見ることです。
私たちは、人をねたんだり、恨んだりしますが、因果いんがの道理を信じ、自分のたねまきをあきらかに見なければなりません。
そして、私たちは考え方が逆立ちしているために、自分の命や幸せはずっと続くように思っていますが、諸行無常しょぎょうむじょうですから、続きません。
このように、仏教の教えにしたがって、ありのままに見ることです。
蓮如上人と一休さんの逸話を通して正見について学びましょう。
七曲りの松
またある時、どこから見ても曲がりくねった松がありました。
そこに一休さんが、
「この松をまっすぐに見たものに、金一貫文与える」
と看板を立てました。往来を通る人々が一貫文をもらっていこうと人だかりができます。
(引用:一休さん(一休宗純))
そこへ蓮如上人が通りかかると、
「蓮如さま、あの松をまっすぐに見えないでしょうね」
と聞かれます。
「それではワシが一休の所へ行って、金一貫文もらってこよう」
と一休さんのもとへ蓮如上人が訪ねてきます。
ところが
「お前はだめだ。あの看板の裏を見てこなかったのか」
と追い返されます。帰って立て札の裏を見てみると、
「但し本願寺の蓮如は除く」
と書いてあります。
「そんなにワシのことがわかっているのなら、許してやろう」
そこへ人が集まってきて、
「蓮如さま、この松をまっすぐ見られたんですか?」
「ああそうじゃ。
そなたがたは、曲がった松をまっすぐに見ようと曲がった見方をしておるのじゃろうが、ワシは曲がった松じゃなぁ、とまっすぐに見た」
正思惟とは?
「正思惟しょうしゆい」とは、正しく考えること、正しい意志を持つことです。
私たちは、欲や怒りや愚痴の煩悩ぼんのうで、よこしまなことばかり考えていますので、欲と怒りとねたみやうらみを離れることです。
またお釈迦様は、極端な考えをせず、中道で考えなさいと教えられました。
正語とは?
「正語しょうご」とは、正しい言葉を使うことです。
口は、心の命令でしゃべりますので、心が、欲や怒りや愚痴によって、よこしまなことばかり思っていると、口には、
「綺語きご」といわれる心にもないお世辞や、
「両舌りょうぜつ」といわれる二枚舌、
「悪口あっこう」といわれる誹謗中傷や、
「妄語もうご」といわれるウソとなって現れます。
このような、心にもないおべんちゃらや、二枚舌、悪口やウソを離れ、やさしいあたたかい言葉をかけることです。
正業とは?
「正業しょうごう」とは、正しい行為をすることです。
仏教で「業ごう」とは、行いのことで、心と口と身体の行いは、全部業と言われますが、ここでは、身体の行いのことです。
私たちは、身体では、生き物を殺す「殺生せっしょう」、
他人のものを盗む「偸盗ちゅうとう」
よこしまな男女関係である「邪淫じゃいん」の悪を造っています。
このような悪いことをしないということです。
正命とは?
「正命しょうみょう」とは、正しい生活をすることです。
戒律かいりつを守り、正しい生き方をするということです。
仕事について=
正精進とは?
「正精進しょうしょうじん」とは、正しいところへ向って努力することです。
精進というと、肉や魚を食べないことだと思いますが、そうではありません。努力のことです。
そして、「正精進」には、最初に「正」とありますように、努力は努力でも間違った努力では、「正精進」にはなりません。
正しい努力です。
仏教に説かれる本当の生きる目的達成に向かって努力することです。
正念とは?
「正念しょうねん」とは、正しい信念を持つことです。
仏教に教えられる本当の生きる目的を常に忘れず、その信念にしたがって生きることです。
正定とは?
「正定しょうじょう」とは、心をしずめて、一つに集中することで、1から7を総括されたものです。
まとめるとこういうことです。
八正道は、教えの通りに実行しても、仏のさとりは開けません。
最高でも、阿羅漢あらかんという悟りまでです。
しかもそれには、三生六十劫の長期間の修行が必要です。
ちなみに1劫は4億3200万年です。
そして、阿羅漢のさとりを開けば、他の人のために活躍することもありますが、それができる期間は修行の長さに比べてごくわずかです。
これまで見てきたように、八正道には、自分のさとりを目指す自利の修行ばかりで、他人とのかかわりがありません。
そこで、お釈迦様が、利他の面も合わせてあらゆる善を6つにまとめられたのが、六波羅蜜です。
しかし、八正道はもちろん悪いわけではなく、善い行いです。
六波羅蜜と重なるところもたくさんあります。
今日から少しでも心がけるようにいたしましょう。
